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スパーズのレジェンド、マヌ・ジノビリが16年間の現役生活をもってNBAを引退

スパーズのレジェンド、マヌ・ジノビリが16年間の現役生活をもってNBAを引退

サンアントニオ・スパーズのシューティングガード、マヌ・ジノビリは、NBAから引退することを決めたようだ。これは、・アスレティックのシャムズ・チャラニアからの報道によるものだ。アルゼンチンの左利き選手は、公式の声明を出す前に、いくつかの言葉で感謝の気持ちを表明した。


「この23年間に私の人生に関わったすべての家族、友人、チームメート、コーチ、スタッフ、ファンへ多大なる感謝を申し上げます。それは、とてつもなく素晴らしい旅でした。私が夢中で思い描いた夢のさらに上をいく道のりでした。」


今週末、4度のNBAチャンピオンはグレッグ・ポポビッチ監督と話し合い、この2年間自身の進退について熟慮した末、プレーすることを終える意向を伝えた。


トニー・パーカーは、ジノビリが若いころのスパーズからの戦友であったため、彼の退団は、ジノビリの引退決定の大きなひと押しになったようである。パーカーは、昨シーズン中盤から、若手のポイントガード、デヨンテ・マレーに役割を譲り、今夏の初めにはシャーロット・ホーネッツと2年契約を結んだ。


ジノビリは今シーズン、プレーすれば250万ドルをを得ることはできた。しかし、41歳の彼は、6年間のNBAシーズンすべてをスパーズのジャージを着てプレーした後、2017-18シーズンを最後の年にすることを決めていたのだ。


スパーズは、以前の例、守護神ダンカンの最後の年と同じように、ジノビリを一度自由契約にし、彼の残りのサラリーすべてを払うつもりだとチャラニアが報道した。その直後、スパーズは彼の決定を発表した。

ジノビリはNBAで16シーズンプレーしたが、その前に生まれ育ったアルゼンチン、その後イタリアで計7シーズンプレーした。これは、彼が1999年のドラフトで全体57位でスパーズに指名されるための階段を作ったものだった。


バイアブランカ生まれの彼は4年間イタリアリーグでプレーした後、2002~03年シーズンまで、NBAで突出した存在と思われていなかったが、ルーキーシーズン、彼はスパーズで平均7.6得点、2.3リバウンド、2.0アシストを記録した

ジノビリがNBAの最も楽しい才能の持ち主のひとつとして明るみに出るのに時間はかからなかった。その要因は1対1のボールハンドリング技術とリムへのアクロバティックなフィニッシュであった。

ジノビリは、4度のNBAタイトルをチームメイトのパーカー、ダンカンと共に獲得した。


マヌは2度のオールスター(2005年、2011年)に選出され、2008年のシックスマンオブブザイヤーにもなった。しかし、最も輝かしい舞台は、6フィート6のスラッシャーである彼が2004年のアテネ五輪で金メダルを獲得したときだ。その大勝利により、多くの人々は目を開き、国際競争を新しいレベルに押し上げたのだ。

ジノビリは16年間のNBAキャリアで平均13.3得点、3.5リバウンド、3.8アシストを記録した。彼はバスケットボールというスポーツに23年間を捧げ、ユニフォームを脱ぐことを決めた

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